「群馬県伊勢崎市石山南遺跡・石山南古墳群の保存を求める要望書」

                               2024年8月8日
文化庁長官  都倉 俊一 様
群馬県知事  山本 一太 様
群馬県教育委員会教育長 平田 郁美 様
伊勢崎市長  臂 泰雄 様
伊勢崎市教育委員会教育長 三好 賢治 様
株式会社アクティブフォームス代表取締役 柳澤 武 様

                            文化財保存全国協議会
                              代表委員 澤田 秀実
                              代表委員 橋本 博文

     群馬県伊勢崎市石山南遺跡・石山南古墳群の保存を求める要望書

 上毛三山の赤城山南方に位置する石山丘陵周辺には、市町村合併前から『上毛古墳綜覧』で知られ、現在は石山南古墳群と呼ばれる多くの古墳が認められる。
 その石山南遺跡・石山南古墳群に民間建築資材会社が倉庫を増築しようとしたことから、伊勢崎市教育委員会指導のもと、山下工業株式会社文化財事業部が調査主体となり「記録保存」を前提とした事前発掘調査が実施された。その結果、想定されていた赤堀村107号墳が検出され、その南陸橋部周辺から見返りの鹿形埴輪や鎌形の石製模造品、手捏ね土器などが出土した。そして、この赤堀村107号墳の帰属時期は出土遺物から6世紀初頭と考えられている。さらに、調査区の南東隅から埴輪窯1基、調査区南辺や東辺から工房跡4基、粘土採掘坑跡2基が発見され、埴輪製作遺跡であることも判明した。遺構は、調査区南側の波志江沼から入り込む埋没谷に面して広がりをみせている。
 特に注目されるのは工房跡とされるもので、竈の無い平面長方形の竪穴建物跡が多いものの、中には竈のある通常に近い竪穴建物跡もみられる。その床面には被熱痕や粘土塊、砕かれたような埴輪の細片、破裂した土師器細片などが認められ、この工房跡が埴輪製作の後に土師器製作に転用された可能性も考えられている。
 このように、本遺跡は調査前から知られていた赤堀村107号墳だけでなく、その築造直前まで操業されていた埴輪、土師器の製作工房跡群からなるものであることが新たに判明した。また赤堀村107号墳から出土した埴輪は、本遺跡で製作された可能性が高く、同古墳被葬者は当埴輪製作集団の管掌者だったとも考えられる。したがって、埴輪製作の一連の遺構群と共に古墳も関連付けて保存することが重要である。
 ところで、国宝となった埴輪3件中の2件を出土している群馬県にあって、現在、埴輪製作遺跡として国指定史跡となっているのは藤岡市本郷埴輪製作遺跡1件しかない。本遺跡での埴輪窯跡の発見は、1997年の藤岡市猿田埴輪窯跡以来27年ぶりで、工房跡や粘土採掘坑跡がセットで確認されたのは太田市駒形神社埴輪製作遺跡を除くと県内初である。さらに、本遺跡では埴輪だけでなく土師器も同時期に製作していたことが、前述した工房跡だけでなく、粘土採掘坑跡からの遺物出土状態によって証明された点は稀少例として特筆される。また、本遺跡の南方の地名、「波志江(はしえ)」も「土師(はじ)」関連の地名として注目される。
 このように本遺跡は、土師氏・土師部の実態解明に向けて、埴輪製作集団と土師器製作集団との関りが窺える唯一無二の遺跡である。本遺跡での埴輪製作関連の遺構群は調査区外への広がりをみせており、将来的な確認調査により大規模な埴輪・土師器製作遺跡になる可能性が高い。
 以上のことから、私たちは石山南遺跡・石山南古墳群について、下記のことを要望する。

                   記

1.石山南遺跡と赤堀村107号墳が完全なかたちで保存されるよう、国・県・市の関係部局で協議すること。
2.本遺跡の調査区外における遺構の範囲確認をおこなうこと。
3.本遺跡の重要性にかんがみ、史跡指定に向けた抜本的な措置を講ずること。

2024年08月11日