「市川市国府台地区の下総国府跡遺跡に関し、長期的な視野にたった保存整備方針の確立を求める決議」

                                2024年7月10日
文化庁長官  都倉 俊一様
千葉県知事  熊谷 俊人様
千葉県教育委員会教育長  冨塚 昌子様
市川市長   田中 甲様
市川市教育委員会教育長  勝山 浩司様

                             文化財保存全国協議会
                                代表委員 澤田 秀実
                                     橋本 博文

    大会決議「市川市国府台地区の下総国府跡遺跡に関し、
           長期的な視野にたった保存整備方針の確立を求める決議」

 千葉県市川市の国府台地区は、「国府台」というその名前により、古くから下総国府の置かれた場所と考えられてきました。しかし、明治期より敗戦までは陸軍が駐屯し、敗戦後は埋蔵文化財調査のないまま、学校などの教育施設、病院、スポーツ施設、公営住宅となり、国府の実態は明らかになっていませんでした。
 1990年代後半に入り、これら敗戦直後に建てられた諸施設が建替えの時期を迎え、建て替えに伴う埋蔵文化財調査によって、少しずつ国府の実態が明らかになってきました。特に2017年から3次にわたって行われた国府台県営住宅建替えに伴う調査、それと2019年から現在に至る国府台野球場再整備に伴う調査では、下総国府に関する極めて重要な知見を与える大きな発掘成果を得ました。
 国府台県営住宅敷地は国府が置かれた台地の南端部に位置しますが、その西側部分にあたる区域を調査した第1次調査では、幅10mに及ぶ南北方向の大路と最大幅4.3m、深さ1.8~2.0mの逆台形の断面を持つ南北方向の区画溝が確認されました。さらに東部分を調査した第3次調査では、西側とほぼ同様の区画溝と、その東側にもう一つの断面が方形に近い区画溝とともに、倉庫と思われる6棟の建物跡などが確認されました。
 この台地南端部分は市川市教育委員会が従来の調査から、葛飾郡衙正倉院を想定している場所であり、県営住宅敷地内の調査結果はこうした、下総国府が葛飾郡衙と一体な形で国府台の地に置かれていたという想定を裏付ける可能性も含め、今後検討されなければなりません。
 一方、再整備に伴う国府台野球場と周辺の調査では、多数の溝跡や建物跡などが見つかりましたが、中でも調査域北端部分の東西両端で国衙域を区画したと見られる溝の角が確認され、これにより下総国府の中心部にあたる国衙域の東西の幅が約220mだったことが明らかになったことは特筆されます。また、従来から下総総社跡とされてきた場所の区画が明らかになり、これらの調査成果から未だ確認されていない政庁の位置などの解明の足掛かりとなっています。
 このように発掘調査により、下総国府の実態が明らかになりながら、この地域の遺跡をどのように保存し、整備していくかの方針が確立されていないため、調査が終わると建替えなどの工事が計画通り進められ、発見された遺跡が失われつつあるという現実があります。
 こうした憂慮される状況を変えるため、私たちは、国、県、市が協議し、早急にこの地区の遺跡の保存、将来の整備の在り方を検討し、長期的視点に立った保存整備計画を策定することを求めます。
 以上決議します。

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