本会では、文化財保存運動の先駆者であった故和島誠一氏の科学的精神とその思想に深く学び、21世紀における文化財の保護、活用および普及活動の飛躍的な発展を期待して、2000年に「和島誠一賞」を制定し、広く全国で文化財の保護、活用、普及などに関連して顕著な活動をおこなった個人・団体を表彰している。
2025年3月15日に開催した選考委員会で、下記の選考委員と協力会員からの候補者推薦をもとに慎重に審議した結果、個人部門は小宮みち江氏(奈良県)、高田和徳氏(岩手県)を、団体部門は「公益財団法人相川考古館」(群馬県)を第26回和島誠一賞の表彰者・団体とすることに決定した。
【選考委員】橋本博文(選考委員長)、澤田秀実、和島明、杉田義、大竹憲昭、
菊池実、高柳俊暢、小貫充、出原恵三、松田度
【選考協力会員】岡山真知子、菊地真、木村英祐、小泉玲子、後藤祥夫、高瀬克範、
坪田幹男、森田勝三、橋本達也、吉田広
表彰者の紹介
個人部門
小宮みち江(こみや みちえ)氏
小宮みち江さんは、古都奈良の世界遺産登録を市民運動の側から推進した奈良世界遺産市民ネットワークの創立時(1997年)からのメンバーである。
同ネットワークは、「古都奈良の文化財」世界遺産登録実現後も古都奈良の歴史遺産と景観を守る運動を強力に進めてきた。京奈和高速自動車道の平城宮跡・京跡地下トンネル通過問題では、これに反対する「高速道路から世界遺産平城京を守る会」の中心団体として活躍、2003年にはフランス・パリで開催された第27回世界遺産委員会に要請団を送り、地下トンネンル計画の反対を訴えた。以後、6年連続で世界遺産委員会にオブザーバー参加を続けた。こうした運動の結果、平城宮跡直下地下トンネル通過案は撤回されるという大きな成果を得た。
その後も、同ネットワークは若草山のモノレール建設に反対する運動や奈良公園の一角に高級ホテル建設が計画された際にはそれに反対する運動など、古都奈良の歴史遺産と景観を守る運動を一貫して進めてきた。若草山のモノレール建設反対運動は大きな反響を呼び、その計画は撤回されることになった。
「楽しくなければ集まらない。真面目でなければ続かない。」これが同ネットワークの合言葉である。講演会や学習会、遺跡見学旅行など、楽しく学ぶ企画を継続しながら、古都奈良の歴史遺産と景観を守る活動を続けてきている。
小宮みち江さんは、2015年から同ネットワークの事務局長を担い、代表世話人の浜田博生さん(故人)とともに、その活動推進の中心的役割を担ってきた。
また、奈良公園の一角に高級ホテル建設が計画された際には、その反対運動を進める団体として2017年に「古都奈良の自然・文化遺産を守る会」が結成されるとその事務局長も担い、その後、同会は「平城宮跡の未来を語る」「古都奈良に高速道路はいらない-大和北道路を考える-」「奈良県に自然と歴史がわかる総合博物館を」「私たちの宝、旧奈良監獄を考える」「県立民俗博物館を考える」などのフォーラムやシンポジウムを開催し、その成果をパンフレットにまとめて刊行してきている。
奈良歴史遺産市民ネットワークの事務局長として、また古都奈良の自然・文化遺産を守る会の事務局長として、古都奈良の歴史遺産と景観を守る運動の中心的役割を担い続けているその献身性と運動の成果は高く評価されることから和島誠一賞を贈る。
奈良県在住 生年 1949年
主な論考・活動
小宮みち江「古都奈良は今」(『明日への文化財』84号、2021年)
『奈良歴史遺産市民ネットワークニュース』№44(2025年1月21日付)まで発行
奈良歴史遺産市民ネットワーク主催 歴史こぼれ話講座 講師
高田和徳(たかだ かずのり)氏
高田和徳氏は、1973年から通算で50年以上にわたり、岩手県内および岩手県一戸町の文化財保護に尽力してきた。1981~2020年にかけて一戸町の発掘調査報告書を70集以上刊行してきたほか、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産となっている御所野遺跡の保存と整備・活用においても中心的な役割を担ってきた。
2002年に開館した御所野縄文博物館の設立にも主導的な役割を果たし、その後20年以上にわたって御所野遺跡を拠点とした縄文文化の研究と普及活動を強力に推進してきた。こうした地域にねざした活動が、2021年の世界遺産登録につながったと言っても過言ではなかろう。
特筆すべきは、氏の縄文文化にかかわる第一線の研究活動と普及活動の両者が、きわめて効果的に連動している点である。研究面では、岩手県北部における縄文文化後半期の集落論の基本的な理解を形作ってきたほか、敷物・建材・食料などからみた植物の利用、住居内の空間文節などについても東北北部における議論を先導してきた。また、御所野遺跡の発掘調査を通しての竪穴住居の土屋根の存在を初めて明確につきとめ、これが多くの史跡・博物館で受け入れられている住居復元・展示例の最も重要な根拠となっている。また、土屋根に関する民族誌的調査もロシア極東で複数回実施してきており、そうした上屋構造の理解を竪穴建物(住居)の発掘調査手法へと還元する作業も行っている。これら氏の研究成果は、50本以上の論文としてまとめられてきている点は高く評価される。
一方で、高田氏はこうした研究を裏付けるための実験も、遺跡と博物館を舞台に市民と共に実践してきている。たとえば、土屋根住居の燃焼・埋没実験、ウルシ・シナノキ・トチノキ・マメ科といった植物の利用実験などを、可能な限り縄文期に近似した条件下で継続的に取り組んでいる。
高田氏は、国立歴史民俗博物館、岩手県教育委員会、八戸市教育委員会など他機関においても各種委員を務め、一戸町以外でも遺跡の保存・整備・活用や、縄文文化の歴史的意義の普及に貢献してきた。
よって、氏の研究活動と普及啓蒙活動の両面を評価し、ここに和島誠一賞を贈る。
岩手県在住 生年1949年
主な著書(発行所、発行年)
『縄文のイエとムラの風景』(新泉社、2005年)
『世界遺産縄文遺跡―御所野遺跡―』(同成社、2010年)
『縄文里山づくり―御所野遺跡の縄文体験―』(新泉社、2020年)
『御所野遺跡ものがたり』(同成社、2024年)
団体部門
公益財団法人相川考古館(群馬県伊勢崎市)
群馬県伊勢崎市に所在する相川考古館は、私立の博物館で現在法人化している。琴弾埴輪や武人埴輪など4体の国重要文化財の埴輪を所蔵することで知られている。古くから文全協団体会員として長く活動しており、地元伊勢崎市の伊勢崎・東流通団地遺跡内における群馬県内他遺跡、渋川市三原田遺跡出土遺物の投棄事件を告発し、最終的に回収させる原動力となった点は高く評価される。
1950(昭和25)年に開館した相川考古館では初期から市民に向けて相川考古館史蹟見学会を開催している。以前は毎月1回、年12回の見学会を行ってきたが、さすがに現在はその半分の年6回にはなっているものの、これまでに通算800回以上にわたる異例の驚異的な実績を誇る。
また、同館所蔵の国重要文化財となっている琴弾埴輪にちなむ「ことはに塾」の講演会を年3回開催して同様に市民への啓蒙活動に積極的に取り組んでいる。
最近は『文全協ニュース』最新号243号の巻頭を飾った「群馬県伊勢崎市石山南埴輪生産遺跡・石山南古墳群の保存運動」にも取り組んでいる。それに先行して新館長自ら曾祖父の相川之賀の文化財保護に果たした役割を振り返る企画展を開催し、その成果を図録にまとめている。
博物館創設者の相川之賀は1921(大正10年)、群馬県史蹟名勝天然紀念物調査員に命じられた。その2年前の大正8年、「史蹟名勝天然紀念物保存法」が発布された時期、之賀は『伊勢崎町歴史絵葉書』を第4輯まで立て続けに発行していった。
なお、30代の新館長は若さを活かして町の活性化にも取り組んでおり、博物館の隣の空き家を買い上げ、クラウドファンディングで整備し市民のたまり場を創出する活動を開始したところである。今後の博物館を核とした街づくりが大いに期待される。
これまでの曽祖父の代から4代75年にわたる長期の私立博物館を拠点とする文化財保存活動・啓蒙活動を顕彰し、ここに和島誠一賞を贈る。
代表者 相川裕保氏(館長)
主な著書・論文等(発行所、発行年)
相川之英「群馬県における遺物投棄事件」
(『考古学研究』第29巻第2号(通巻114号)考古学研究会 1981年)
相川之英「遺物投棄事件のその後―ようやく回収された三原田遺跡の遺物―」
(『文全協ニュース』No.77 文化財保存全国協議会 1983年)
相川裕保『相川之賀と群馬県史蹟名勝天然紀念物調査会』(相川考古館 2020年)
相川裕保・相川之英「群馬県伊勢崎市石山南埴輪生産遺跡・石山南古墳群の保存運動」
(『文全協ニュース』No.243 文化財保存全国協議会 2025年)




